戦後70年 原爆の日を前に

【田舎の花~原爆を生き抜いたシイエ】を無料でお読みいただけます。カテゴリーを下より順にご覧下さい。My father is a victim of nuclear weapons.

あとがき

読んでいただきありがとうございました。 片足鳥居のすぐそばにシイエばあちゃんの墓はあります。ここにはハルさんの遺骨はありません。今も長崎のどこかで眠っています。 私は幼い頃、外に出るのが怖かった記憶があります。なぜなら、街に溢れる被爆者が怖…

さようならシイエ 四

火葬場では皆が時間一杯までシイエの顔を目に焼き付けようとしていた。孫達は手紙を棺に差し込んでいった。 煙草を嗜んでいたシイエのためか煙草も入れられたが、なぜか封が空いていた。孫の一人がライターを入れようとして注意をされている。 重い鉄の扉が…

さようならシイエ 三

自宅に帰ると孫達、仲間達が次々に訪れた。体調を気遣い短時間で切り上げる者が多かったが、その度にシイエは寂しげな表情を浮かべた。 それから約一か月、シイエは最後の時を迎える。自宅で意識を失い救急車で病院に搬送された。 死の直前シイエの体は激し…

さようならシイエ 二

いつものように自転車にまたがりゲートボール場を目指すシイエ。いつものように仲間と笑い合い、穏やかな時間が過ぎていった。 シイエは広場の真ん中に突然倒れ込んだ。シイエ二度目の癌の発症である。この時初五郎の死から12年が経過していた。 近くには義…

さようならシイエ 一

長崎県大村市、ここに初五郎とシイエの終の住処があった。子供らが独立後年老いた二人は隠居生活を始めたのだ。 いつの間にか孫は15人にまで膨れ上がり、夏休みともなると三部屋しかない小さな家は子供達でぎゅうぎゅうづめだ。 シイエは布団の上で暴れる子…

見えない悪魔 七

政雄の訃報を初五郎は病院のベッドで聞く事になった。点滴のチューブを引きちぎり着替えを始めようとしている。「シイエ!喪服ば持って来い!」 声を上げたものの、その場に倒れ込んだ。息子達がひきとめる。「俺らが兄ちゃんはちゃんと送ってきてやる心配…

見えない悪魔 六

政雄の苦悩もまた見えない悪魔との戦いである。長崎にいたらこんな苦しみはなかったのかもしれない…被爆者は被爆者同士で結婚すべきなのだろうか。 少なくとも大阪の人間はそう考えているように思え、孤独感は痛いほどだった。 放射能の解明がまだ進まない…

見えない悪魔 五

政雄の人生もまた波乱の連続であった。政雄の繊細さは中学に上がる頃加速していった。政雄は腹違いを気にして周りを気遣い、15歳で家を飛び出したのだ。 シイエはもちろん子供達を差別したことなどたかったが、そこは思春期に自分の存在を考え始める時期の…

見えない悪魔 四

虚勢を張るも、初五郎は父親としての葛藤に苦しんでいた。家族にひもじい思いをさせる日が来るのではないかと危機感に苛まれていたのだ。 それでも子育てで働けないシイエは、毎日額に汗して働く初五郎を尊敬しており、何より皆を守ってくれているのは初五…

見えない悪魔 三

源さんを中心としてシゲと初五郎それぞれが連携を取りながら事業を拡大していく中、ある日シゲが血相を変えて初五郎の元に駆け込んだ。「初!あいつ夜逃げしやがった!もう金は入らんぞ!」 納金を踏み倒されたのだ。若い職人のひとりが独立をしたいと言い…

見えない悪魔 二

大切な存在を立て続けに失ない、シイエの心は限界だった。悪夢にうなされては目を覚まし、シイエは家事も仕事も手に付かず話す事もやめてしまった。 その間初五郎はシイエの代わりに子供らの面倒をみ、床にふせったシイエの世話も献身的にこなしていた。 初…

見えない悪魔 一

その後シイエは24歳で初めての女の子を産み、順風満帆かと思われた。戦後の混乱から入籍をしていなかった事に気がついた二人は、シイエの両親に改めて挨拶に行こうということになる。 シイエ達は長崎で相変わらず忙しい毎日を過ごし、なかなかシイエの実家…

田舎の花 三

店に戻ると皆が集まってきた。 山蘭やスミレ…街では見れない素朴な花達、シイエの田舎がその小さな苔玉に見事に再現されていた。ずっと長崎に居た奥様には興味深い仕上がりだった。「かわいい…」 皆が口々にそう言って手に取って見とれていた。店先につり下…

田舎の花 二

シイエは一度田舎にもどることにした。「子供らを頼みます、すぐに戻りますから」 思い立ったら動かずにはいられないのがシイエである。ヨッコとおキヨさんに子供を預け、シイエは原爆以来初めて田舎の土を踏んだ。 畑にはおかやんが汗まみれで仕事中だ。「…

田舎の花 一

皆でこれからの事を真剣に話し合った。シイエは自分で花を作り売るという夢を諦めてはいないと、この時初めてヨッコに話してみた。 初五郎は源さんの仕事がますます忙しくなり、その手伝いに走り回っている。 街も少しずつ片付き、人々に花を愛でる気持ちが…

復興 六

あれほど笑いに包まれていた宴席だったが、一瞬にして沈黙に包まれた。 しばらくは誰一人言葉を発する事ができなかった。源さんが沈黙に耐えきれないように口を開いた。「番頭さん…よく生きていてくれた、これからは旦那の代わりにこの店を盛り上げて欲しい…

復興 五

そんな奥様の様子を源さんだけは見逃さなかった。すかさず視線を向けた。「ヨッコちゃん…番頭さんをお風呂にいれてあげなさい」 ヨッコはその一言ですべてを悟り、静かにうなづくと番頭を奥へ連れて行った。奥様はその場にへたりこんでしまった。「大丈夫か…

復興 四

宴席に血相を変えて帰って来たシイエを見て、その場にいた全員が凍り付いた。「ヨッコちゃ…」 言いかけたところで源さんとシゲ、それに初五郎が飛び出してしまっていた。3人とも呆れるくらいに血の気が多いのだ。 シイエがヨッコの手を取り台所に駆け付け…

復興 三

その夜は親しい者を集めて久しぶりに花幸に笑い声が響いた。源さんやシゲさんの姿もある。おかよもヨッコの祝いと聞き、嫁ぎ先から駆け付けた。 ぼっちゃまは朝から働きづめだったからか、黙々と料理を口へ運んでいる。みんな飲んで食べて…たくさん笑った。…

復興 二

奥様は本当に自分の娘の事のように喜んだ。「ここもにぎやかになるわね…私も元気を出して働かなきゃ」 二人は嫁いで行ったおかよにも子供が生まれると聞かされた。奥様は興奮気味に話を続ける。「かよにもヨッコちゃんにもシイエちゃんにもまだまだ生まれる…

復興 一

家族で花幸に身を寄せ、新たな生活が始まった。絶望の淵にいたシイエにも新たな夢ができた。 自分で育てた花を自分で売りたい…ここまで経験してきた事があまりに辛すぎて、花を見る事すら忘れてしまっていたのだ。 過ぎた事は胸にしまい、少しずつ前を見て…

悲しみの再出発 五

暗くなりかけた道シイエは急いだ。早く初五郎に話がしたかったのだ。「ただいま…」「奥様は…元気やったか?」「うん…だいぶ痩せとったばい…旦那様も番頭さんもおらんで…お店の奥の部屋が空いとるけんそこに住まんかって言われた…あんたにも源さんが仕事頼み…

悲しみの再出発 四

待ちにまった奥様との再会であったが、店もまた、大変な状況にあった。旦那様と番頭さんは原爆が落ちたあの日、花農家へと出かけ、そのまま帰ってこなかったという。 心労からか奥様はやつれ、うつむいたまま小さな声で話をするようになっている。そんな奥…

悲しみの再出発 三

道すがらシイエは源さんの話を聞かされた。「親方の指示で来たんですが、花幸の方が気になっていたもんで…急で申し訳ない、後で初五郎にも来てもらいます。」 これからは鉄骨が主流の大きな建築物が増えるだろうと見越した源さんは、初五郎の職人としての腕…

悲しみの再出発 二

ただただ漠然と先の事を考えてみるも何も浮かぶはずもない。 そんな毎日がいくらか続いたある日、シイエ達の前に一人の男が現れた。男は二人を見るなり安堵の表情を見せた。「やっとみつけました!ご無事で何よりです」「シゲさん!生きていたんですね!」 …

悲しみの再出発 一

初五郎は初義の最後を看取り、そのまま外へ出て三日間行方がわからなくなった。シイエはその事を気にもとめなかった。ただただ姿が変わってゆく初義のそばで一日一日を呆然と過ごした。 時折初義の亡骸を抱き締めては、その冷たさに恐ろしい距離を感じ打ち…

再会 六

シイエはしばらくして炊き出しの芋を少し抱えて帰ってきた。初義はあまり口を開けられない。シイエはやわらかくふかした芋を小さくちぎって初義の口元へ運んだ。「ほら!はっちゃん食べてごらん」 初義は口を少しあけ二口だけ食べた。「もうよかとね?」「…

再会 五

初五郎は初義の姿を見て胸を詰まらせた。込み上げてくる涙を痛む喉元で飲み込みシイエに小声でつぶやく。「もうだめなのか?」 シイエはだまって首を振るだけだ。「はっちゃん、おとうちゃん帰ってきたけんね!会いたかったもんね、はっちゃん…ほら!あんた…

再会 四

初五郎は一人の女を見つけた。シイエに似ているような気がして立ち止まったのだ。 違う…女の顔は苦痛に満ちており、ひどくやせ細り視線は定まらずにいた。常に燐とした美しさをたたえていたシイエとは別人に思えた。 また辺りを探してみるも、どうしても先…

再会 三

周りはどこを見ても目をそむけたくなる風景ばかりだ。時折アメリカ兵がうろついているのが見える。初五郎はその度身を隠して自宅を目指した。 自宅付近に近付くにつれ足元はさらに熱くなり靴が焼けていく、初五郎はボロボロになりながらも歩を進める。 そし…

再会 二

初五郎は長崎へと向かっていた。幸い諫早までは汽車が通っているが、諫早からは歩かなければならない。しかし…諫早までの道程も永遠かのように長く感じられた。 大怪我で苦しみ自分を待っている家族、あるいは…どこかで野晒しになっている事まで頭をよぎっ…

再会 一

初義は小さな体でがんばって生きていた。時折うわ言のようにつぶやいている。「おとうちゃん…」 シイエは絞り出すようなその声を聞く度に胸をつまらせる。「おとうちゃん会いたかねぇ」 初義に聞こえてるのかわからないまま少し大きな声で一生懸命話しかけ…

原爆の惨劇 六

何をみても平気だと、そう思う事でシイエは自分自身を支えてきたのかもしれない。しかし、時折言い知れぬ恐怖心がシイエを襲っていた。 上空で米軍機が旋回を続けている。そのときシイエには憎き敵という感覚は不思議となかったものの、ただただエンジン音…

原爆の惨劇 五

このままここに居ても自分らもあの人のようになる。息子も死んでしまうかもしれない… そんな思いにかられシイエは立山の病院を目指した。息子二人を抱えて歩ける政雄を励ましながら病院を目指す。「少し川で休んでいこうか…」 土手から川を覗き込むと、川に…

原爆の惨劇 四

やっと下まで降りてきたシイエは人影をみつけた。そこは小さい防空壕で、何人かの生き残った人達が身を寄せあっていた。 その人らもシイエ達を見るとてまねきをした。近付くと初義のために場所を開けてくれたが、あまりの悪臭にシイエ達は激しく嘔吐した。 …

原爆の惨劇 三

泣き声を頼りに義輝を探すシイエ。あの瞬間、確かにその腕に抱いていた。泣き声は床下から聞こえていた。 シイエは狂ったように瓦礫を掻き分け義輝を引っ張り出した。まだ生まれて二か月の義輝は首が座っていない。義輝の首は背中につくかというくらいに曲…

原爆の惨劇 二

その日はとても暑く、昼近くなりシイエは義輝にお乳を与えていた。政雄と初義は相変わらず木の上で勉強中だった。 シイエは遠くでサイレンの音を聞いた気がした。「空襲?いやまさか…」 警報は解除されたばかりだった。広島の記事に過敏になりすぎているの…

原爆の惨劇 一

しばらくしてシイエは仕事に復帰した。休んでいる暇などなかったのだ。 朝二人を学校へやりそれからお店へ向かい、シイエの留守中はハルが義輝の面倒をみていた。初五郎がいない中シイエは稼ぎ頭なのだ。 やがて子供らも夏休みに入り二人でハルの手伝いや勉…

夢にまで見た暮らし 三

おかやんが少し寂しげに呟いた。「おまえがお産の近うなったら行くけんな」「ありがとう、おとやんもおかやんも体に気をつけてね」 すぐに会えるのだからと、挨拶もそこそこにシイエは田舎を後にした。 長崎に戻るとハルがひとりで家を守っていた。またみん…

夢にまで見た暮らし 二

初五郎は本当に嬉しかった。しかし素直に喜べない自分もいた。「すまない…」「なぜあやまると…喜んでほしか」「嬉しか…嬉しすぎて震えとる…ただお前は初産だ…不安もあるやろう…なのに自分は」「あんたはお国から呼ばれたとやけん…大丈夫!立派に産んでみせ…

夢にまで見た暮らし 一

新しい暮らしが始まってもシイエは店の仕事は続ける事にした。 初五郎が戦場に行くことになっても、家族となったハルや政雄、初義を自分が守らねばと感じていたからだ。そのために少しでも貯えが欲しかったのだ。 二人の子供もすぐにシイエをお母さんと呼び…

出会い 四

朝は誰よりも早く起きて朝食の支度を済ませ、昼間は学校に工場、店の仕事に稽古まである。忙しい毎日に暇をみつけてはシイエは愛しい人の家へ通い続けた。 次第に彼の妹もシイエに気をゆるし自分達の事をあれこれシイエに話して聞かせた。彼女は名前をハル…

出会い 三

そんな中戦火は次第に激しさを増していった。女も例外なく国のための労働に駆り出される。シイエ達も兵器工場での労働を強いられた。 シイエは人殺しの道具を作るという仕事に違和感を覚えながら、しぶしぶ工場へ向かった。 シイエが辿り着いた工場にあの男…

出会い 二

シイエ達は仕事を終え、お嬢様のおかよと三人で稽古にでかけるのが日課となっている。三人で出掛けるのが忙しい毎日の中楽しみのひとつであった。 その日も稽古の帰りにまたあの男性と出会う。シイエと彼は二言三言交わして別れた。「ヨッコちゃん…あの人誰…

出会い 一

「おキヨさん、ちょっといいかしら!」 奥の部屋から奥様のおキヨさんを呼ぶ声がする。「はい、ただいま」 しばらくして奥様は喪服で現れた。「いってらっしゃいませ…」 シイエ達もおキヨさんと共に奥様を送り出す。「おキヨさん、奥様誰かのお葬式ですか?…

シイエの初恋 三

ある朝シイエが朝食の手伝いをしていると、外を掃除していたヨッコが血相を変えて入ってきた。「シイエちゃん!ちょっと…」「何ね?今忙しかと」「よかけん早う来んね」 ヨッコがシイエの腕を掴み外へ連れ出す。「あの人の奥さん亡くなったげな…」「うそや…

シイエの初恋 二

ヨッコに自分が抱える想いを話せた事でなんとなく楽になったシイエ。その後は毎日の仕事に追われ、その事はあまり考えないようになっていた。あの男性も店の前を通らなくなっていた。 ある日ヨッコが慌ただしく店に戻りシイエに言った。「シイエちゃん、あ…

シイエの初恋 一

あれから何度か春が来て…また冬がきて、季節がいくつかめぐり、二人の幼かった少女は立派な女性に成長していた。 その間、花幸の奥様は、花屋に奉公する以上はこれだけはとお茶にお花…果ては日本舞踊までふたりに稽古事をさせていた。 結果…十代も後半に差…

学校 二

学校へ行ける…自分が学校へいけるのだ…シイエ達は繰り返し繰り返し嬉しさを口にした。 ある日曜日、奥様は二人を連れて百貨店を訪ると、服や鞄など、学校に行くために必要な物を全て揃えてくれた。 夢のようだった。しばらく「奉公人」という立場を忘れてし…

学校 一

帰りが遅くなった二人を旦那様が待っていた。二人の表情から何かあったなどと考えていた。夕食も終わり奥座敷へ戻った国夫は幸枝を軽く問い詰めた。「お客は誰だったんだ…?」「源さんよ、源さんとこの若い人がちょっと難癖つけたから久しぶりに啖呵きって…