十歳の春 一
春は香りから始まる。今日も潮の香りが心地よい海風となり黄色い段々畑を吹き上げてゆく。ぽかぽかと暖かくなったそんな春の日でした。
「シイエー、シイエー」
シイエを呼ぶおかやんの声が聞こえる。
「シイエー!あの子はまた仕事ほったらかしてどこ行ったか、もうオナゴてゆうとに男んこのごと山さ飛んでさらいてから野菜もなんもできたもんじゃなか」
シイエは八人兄妹の下から二番目の子である。この時シイエはまだ十歳。自然に囲まれた環境で幼さ残るシィエに家の事を考えろと言うのが無理な話ではなかろうか…
==== 上の姉たちは一人を除いて長崎の商家に奉公にでており、田舎の家にはシイエと体の弱い姉とおとやんとおかやんの5人が暮らしておりました。
男一人の兄は早々に赤紙が来たために戦地へ…シイエの家は峠の教会のそばにあり、いつも近くの山へおかやんの目を盗んでは駈け登っていた。
ちょうど季節は春で山には様々な花が咲き乱れ、シイエは気に入った花を持ち帰っては自分の畑に植えてながめていた。でもなぜかすぐに枯らしてしまうのだ…