十歳の春 三
シイエの目はいつもにましてきらきらとしていた。
「ね、おかやん。はよう助役さんの所に言うてきてよ!」
「そげん急には行かれんとよ…色々話もせんばいかんけんね、そいになぁ…隣のヨッコちゃんも一緒にってね助役さんが二人は仲良かけんて言うてくれたごたる」
ヨッコちゃんは隣に住んでおり祖父母と暮らしていたがなぜか両親はいなかった。どうしてなのかシイエにはわからなかった。
「ヨッコちゃんも一緒なら淋しゅうなか!よかった」
シィエはヨッコちゃんと相談して二人で長崎への奉公を決意する。
この時シイエはまだわずか十歳。決断したとはいえシイエには長崎への憧れや好奇心以外なにもない。
無邪気に夢を語るシイエに、おかやんはわずかばかりの後ろめたさを感じずにはいられなかった…
今の世の中では考えられない事に、シイエが親元で守られて穏やかに暮らしたのはわずか十年と数か月である。
シイエはここから激動の昭和を生き抜く旅路へと足を踏み出す事となる。たくさんの出会いと別れ。ひとつひとつがシイエを成長させていくのである。