戦後70年 原爆の日を前に

【田舎の花~原爆を生き抜いたシイエ】を無料でお読みいただけます。カテゴリーを下より順にご覧下さい。My father is a victim of nuclear weapons.

長崎での暮らし 三

    丸山で一軒目のその料理屋には大きな庭があり、きれいに花を生けた花瓶がおかれている。見たこともない広い玄関を二人はきょろきょろしながらくぐり抜けた。

「おはようさんです!おかっつぁま花幸でございます新しい奉公人のご挨拶に伺いました」

「はーい」

    奥からおかっつぁまと呼ばれる人物が顔を出し、シイエ達二人を見るなりにっこり笑ってこう言った。

「あら、こんな小さい子供達なの?かわいかあ…名前は?」

「はい!私は古川シズエといいます。みんなシイエって言います」

「私は堤よしこ、ヨッコちゃんていわれてます」

    おかっつぁまはにこやかに目を細めて話を続ける。

「上手に挨拶できましたね。シイエちゃんにヨッコちゃん、花屋よりここで働かんね?綺麗な舞妓さんにしてやるばい」

    おかっつぁまは丸山の検番で芸者衆を取り仕切る人物でもあり、長崎ではその存在を知らぬ者はいない程だった。

    それを聞いた番頭さんは、なぜか慌てた様子で口を開いた。

「おかっつぁま、冗談はなしですばい今日は挨拶に来たとですけん」

「わかってますよ、お幸さんの所なら大丈夫さ、あんたたち?お幸さん見ていい女にならんばよ」

    シイエ達はよくわからないままお礼を言うと、失礼しますと料亭を後にした。



    おかっつぁまの言葉がよくわからず、シイエは番頭さんに尋ねてみた。

「ね、番頭さん?おかっつぁまて人はなんであげん事ば言うたと?舞妓さんてなんね?お幸さんて奥様の事ね?」

「そうさ、奥様はあの丸山の芸者さんやったとば旦那様がみそめて奥様にしたとげな、おれもよう知らんばってんな」

「ふーん…芸者さんてなんやろうか?ヨッコちゃんわかるね?」

「わからん…」

「わからんでんよかっ10年もしたらわかるけんが」

    そんな話をするうちに二人の少女はまた見た事がない風景に導かれた。

         二人はなんだか突然外国に連れてこられた気がしていた。

「ここどこね?なんかおかしか臭いのするばってん…」

「中国の人の街たい、食べ物やらみやげものやらいっぱい売っとるぞ!腹へっとらんか?ちゃんぽんて食べもんうまかぞ、食べさしてやろうか」

「ちゃんぽん?なんねそいは、うまかと?」

「食べてのお楽しみたい!行こう」

     二人は初めてちゃんぽんを口にしたが、それはそれはおいしかった。シイエは田舎のおかやんにも食べさせてあげたいと強く思った。

    長崎にはいろんなものがあると感じていた。先に奉公にでた姉ちゃん達も食べたのだろうか…

    姉ちゃん達に会いたい…奥様に聞いて会いに行こう…こんなことを考えながら歩いた。