奥様の顔 四
幸枝は番頭さんと二人京の間で一本一本丁寧に花を生けていく。そこへ二人の若い男がずかずか入ってきた。
「なんや?こん百合は、もっとよか百合はなかったとか!花屋がこがん花ば出してよかとや!」
「申し訳ありません…せめて一本一本綺麗に生けさせてもらいますので」
「こがんみすぼらしか百合で親分の誕生日にけちばつけるとや!」
「申し訳ありません…時期はずれなのでこれが精一杯なのです」
「言い訳はいらん!」
頭を下げる幸枝達に男は百合を掴んで投げつけた。
「なにするんですか!今よりも汚い花にする気ですか!」
幸枝はそう言うと花を拾いあげる。
「やかましか!こがんもんなかほうがましじゃ」
幸枝は番頭と畳に頭をこすりつけた状態だ。そのままで幸枝の口調が急に変わり、ゆっくりと言い放った。
「なかほうがましじゃあなかろうが?」
「はあ?」
幸枝の言葉に男がまた逆上するも、男がそれ以上幸枝らを罵倒することはかなわなかった。
「お前たち!どこの若い衆か知らんばってんな親分の席に水差すごたっ事ばしてただで済むとは思うなよ!散らかした花ば片付けんか!」
幸枝はぽかんと口を開ける男たちの肩を押し込み、その場に座らせた。そしてまたにこやかになり子供をなだめるように言ったのだ。
「元にもどしましょうね、水もちゃんと拭いて親分が来る前に綺麗にしなくちゃね…できるわよね?」
番頭が初めて見る幸枝の一面だった。番頭は思わず手を止めたがハッとして仕事を続けた。 男らは幸枝に言われた通りにせっせと片付けを続けている。「ほら!ここも、あっちもよ!もっと綺麗にして親分に喜んでもらいましょうね」
若い二人は憮然とした表情で掃除を続けた。四人でせっせと掃除をしたのでなんとか時間までに京の間の支度は整った。
「はい、お疲れ様でしたね、もう散らかしたらだめよ」
「はあ…」
男らはぶつくさ言いながらその場にしゃがみこんだ。 皆で安堵の溜め息をついたのも束の間、おかっつぁまがお客を案内してきた。
「あら?このバケツとぞうきんはどうしたの?」
「あ…いえ今片付けるところです、久しぶりに花を生けたもんですからそそうしてしまいまして…お花いかがでしょう」
「すごくいいわ、ありがとう」
おかっつぁまとのやりとりをみてお客のひとりが割ってはいる。
「はっはっは!幸枝は相変わらずだな、うちの若い衆がしたと言えばよかろうが」
「いえ、わたしが…やっぱり源さんだったんですね、こんなに百合が好きな人珍しいですもん…お変わりない様子で何よりです」
「おまえも元気そうじゃないか」
「ありがとうございます、五十本って五十歳になられたのですか?」
「そうたい、早かもんやな…あれから何年になるかな」
「わすれましたわ」
幸枝が軽くはぐらかす。
「親分の知り合いなんですか?」
若い衆が口を挟む。
「馬鹿が、人見てものば言わんか!お幸さんお久し振りです」
声を荒げ二人の頭をはたくのは、若頭と呼ばれるシゲだ。
番頭さんは相変わらずぽかんと見ているしかできなかった。番頭が幸枝の人脈の広さを初めて知った瞬間である。