夢にまで見た暮らし 一
新しい暮らしが始まってもシイエは店の仕事は続ける事にした。
「赤ちゃんができました…」
初五郎が戦場に行くことになっても、家族となったハルや政雄、初義を自分が守らねばと感じていたからだ。そのために少しでも貯えが欲しかったのだ。
二人の子供もすぐにシイエをお母さんと呼び…新たな家族の元、しばしの幸福な時間はすぎていった。
しかし…
しかし…
穏やかな暮らしも長くは続かない運命にあった。ついに初五郎の元にも赤紙が届くこととなる。
初五郎はまだ二十歳そこそこのシイエに、体が弱い妹と二人の息子を任せて戦場へ行くことをためらった。
しかし国からの礼状に逆らうすべはなく…初五郎は戦地に向かう前に子供達を連れ、シイエの両親に挨拶に向かう事にした。
シイエは久しぶりの里帰りを素直に喜んだ。初五郎がシイエの田舎に来たのは初めてだが…美しい段々畑があり、海も山も空気さえ澄み切ってとても気に入ってしまった。
ここなら戦場になることはないだろう。初五郎は出征の時まで田舎にとどまり、できるだけ心をおだやかに過ごした。
田舎でのおだやかな時間が過ぎていく。しかしいつまでも留まる事は許されるはずもなかった。 すなわち初五郎が戦場に向かう日が近付いてきたのだ。
そんな中シイエは自身の体の変化に気付く。シイエは新たな命を宿していた。シイエはこれから長い別れになる初五郎に伝えるべきか思い悩む。
しかし…もしこのまま永久の別れになったとして…シイエには今ここに灯った命の火の存在を…初五郎にどうしても知ってもらいたい気持ちが強かった。
そして、出征前夜。シイエは寝床の脇で準備をする初五郎の前にちょこんと座り、そっと手をとりこう告げた。
「赤ちゃんができました…」