原爆の惨劇 一
しばらくしてシイエは仕事に復帰した。休んでいる暇などなかったのだ。
シイエはこの時までは熱心なカトリック信者だった。この後シイエから信仰心をも奪い去る災難がシイエ達を襲う。
朝二人を学校へやりそれからお店へ向かい、シイエの留守中はハルが義輝の面倒をみていた。初五郎がいない中シイエは稼ぎ頭なのだ。
やがて子供らも夏休みに入り二人でハルの手伝いや勉強に励んでいた。
八月七日、店先でシイエは新聞の一面を目にした。うちに帰ってハルともその話をした。
「昨日広島に新型爆弾が落とされたらしかよ…おそろしか」
それを聞いてしまった初義がシイエにしがみつき、目を伏せたまま小さくいった。
「ねぇおかあちゃん…長崎には落ちらんとやろ?」
今にも泣きそうな初義を前に、シイエは言葉を失った。しばらくの沈黙のあと、初義をひざにのせ、わざとおおきな声を出した。
「はっちゃん大丈夫だよ長崎には落ちらんけんね、教会がたくさんあるやろ?神様が落とさんけんね」
そう言いながらその日空に浮かぶ赤い月を見てシイエはこれまでにない胸騒ぎを覚えていた。
そして運命の八月九日、広島の惨劇からわずか三日である。 上の息子二人は夏休み真っ直中である。 二人は木に登りいつものように教会の教理の本を読んでいた。
シイエは昼の食事にと芋をふかしていた。
シイエはこの時までは熱心なカトリック信者だった。この後シイエから信仰心をも奪い去る災難がシイエ達を襲う。
ラジオでは繰り返し広島の惨事が流される。どこか遠くの話のように自分らには関係がないと思っていた。
しかし…
後にシイエが語った言葉は、神はあの忌まわしい大量殺人兵器を長崎にも落としてしまったのだというものだった。