原爆の惨劇 二
その日はとても暑く、昼近くなりシイエは義輝にお乳を与えていた。政雄と初義は相変わらず木の上で勉強中だった。
それからどのくらいの時間が経ったのだろうか…次第に体に五感が戻る。全身が熱くて重い。
シイエは遠くでサイレンの音を聞いた気がした。
「空襲?いやまさか…」
警報は解除されたばかりだった。広島の記事に過敏になりすぎているのかもしれない、シイエは気のせいだと思い直し、義輝の頭をなでた。
その次の瞬間、強烈な光に目がくらみ、自分がどこにいるのか…上下の区別がつかないような感覚に襲われた。轟音と共に、シイエと義輝は家ごと吹き飛ばされてしまっていた。
それからどのくらいの時間が経ったのだろうか…次第に体に五感が戻る。全身が熱くて重い。
思うように動かない体、シイエの上には家で一番太い柱がかぶさっていた。
痛みにまた意識が遠くなる、全身の力が恐ろしい勢いで抜けていった。もう駄目だと目を閉じようとしたとき、遠くで赤ん坊の泣き声がした。
義輝は生きていた。シイエはかっと目を見開き、指先から少しずつ体を動かしていく。我が子の声だけがシイエを支えた。
早く、一秒でも早く息子の所へいかなければ。シイエは力をふり絞り、柱の下から這い出し立ち上がった。
立上がったものの激しい目まいにひざをつく。ぼやけた視界が次第にはっきりとしていく。耳鳴りがおさまってくると、子供らの泣き声とは別にたくさんの呻き声が聞こえてきた。 人の叫び声に振り返ったシイエは愕然とした。皆髪も服も焼け落ち、同じ集落に居た知り合いのはずだが男女の区別すらつかない有り様だ。
茫然自失でフラフラと歩き出したシイエは何かにつまづいた、人の形をした塊、それが何であるか気付いた時、シイエの背筋は凍りついた。
熱線を直接浴びたのであろうか…赤黒く焼けただれ息絶えた人間の姿だったのだ。
「ひいっ!」
「ひいっ!」
あまりの無惨な遺体の姿に目を遠くへそらすシイエ、しかし…目をそらした先にはさらに恐ろしい光景が広がっていた。 体を焼かれ痛みにもがき苦しむ人々だ。
あるものは目玉が焼け落ち、あるものは身体中火膨れで苦痛の表情で座り込み動かなくなった。毛が焼けた犬が…猫があちらこちらでうごめいている。
シイエは自分の目に入ってくる状況を頭で処理ができない、シイエの目の前にあるのは地獄絵そのものだった。
これが現実であるはずがない。しばらく呆然としていたが義輝の叫ぶような泣き声に我に帰った。