戦後70年 原爆の日を前に

【田舎の花~原爆を生き抜いたシイエ】を無料でお読みいただけます。カテゴリーを下より順にご覧下さい。My father is a victim of nuclear weapons.

田舎の花 二

    シイエは一度田舎にもどることにした。

「子供らを頼みます、すぐに戻りますから」

    思い立ったら動かずにはいられないのがシイエである。ヨッコとおキヨさんに子供を預け、シイエは原爆以来初めて田舎の土を踏んだ。

    畑にはおかやんが汗まみれで仕事中だ。

「おかやーん!」

    シイエの声に振り向いたおかやんはその場にへたりこんだ。当時の田舎にはまだ電話線がつながっていない。ラジオで長崎の原爆のニュースが繰り返し流されるうち、おかやんは娘達がみな原爆で亡くなったと思っていた。大事な娘達を奉公に出したことを心から後悔していたのだ。

「シイエー…シイエー…生きとったとかーシイエー」

    おかやんはシイエにしがみつき大声で泣いた。

    姉達とはまだ連絡が取れないとおとやんが力無く呟いた。

「シイエ…子供らは元気か?」

「初義は…死んだとよ…政雄と義輝は元気になった」

    おかやんの泣く声がますます大きくなってゆく。

「なしてねぇ…はっちゃんがなしてぇ…」

    おかやんの心はいろんな事が一度に押し寄せて張り裂ける寸前だ。しばらく初義のために泣いたかと思うと、シイエが生きていた事にまた泣いた。    

 
    おとやんが心配そうに言った。

「シイエ…大丈夫か?」

「大丈夫!もう後戻りはできんけん!今日は仕事で来たとさね…」

    シイエの力強い言葉を聞いたものの、おかやんもおとやんも少し淋しい想いがした。娘はいつまでも娘なのだ。こんなときくらい甘えて欲しいものだ。

    そんな事を考えながら、シイエの強さを目の当たりにして少し安心もしていた。

「ちょっと山に行ってくるけんね!」

    涙の再会もそこそこに、シイエは幼い頃のようにぽんぽんと山へ消えていった。

    シイエは田舎の土と田舎の花で苔玉を作った。もうあの時の花を枯らしていたシイエではない。根を傷つけることのないようにひとつひとつ、丁寧に仕上げていく。

    シイエは三日かけて籠いっぱいの苔玉を完成させた。番頭が迎えに来た頃にはもう日が落ちていた。おかやん達への挨拶もそこそこに苔玉を見てつぶやく番頭。

「シイエちゃん…やったね!これなら絶対売れるばいはよう店に持って帰ろう」

「うん、急がなきゃ!」

    慌ただしい三日間が過ぎ、シイエは番頭と共に田舎を後にした。

「おかやーん!おとやーんまたくるけんね!」

    シイエは二人が見えなくなるまで手がしびれるほど振り続けた。