見えない悪魔 一
その後シイエは24歳で初めての女の子を産み、順風満帆かと思われた。戦後の混乱から入籍をしていなかった事に気がついた二人は、シイエの両親に改めて挨拶に行こうということになる。
シイエ達は長崎で相変わらず忙しい毎日を過ごし、なかなかシイエの実家には行く暇がなかった。日程を調整している矢先、一通の電報が届く。
「ハハカエラズ」
シイエはその一文だけではなにかわからなかった。しかし電報をよこすとなるとよほどの事に違いない、二人は急いで田舎に向かった。
実家の玄関にはおとやんが気の抜けた風に座り込んでいた。
実家の玄関にはおとやんが気の抜けた風に座り込んでいた。
「おとやん?大丈夫ね?どげんしたとね」
「おかやんが帰ってこん…貝取りにいったまんま帰ってきやせん」
「はっ?」
「波に飲まれてしもうた…もう三日前たい…舟ば出して探しよるばってん上がってこん」
皆頭ではもうダメだとわかっていたがあきらめきれなかった。シイエの頭にはなぜかハルや旦那様の姿が浮かんだ。体が戻らない事があってたまるか…
シイエ達はなにもできないまま長崎に帰り、ただただ連絡を待つ日が何日か続いた。心労からシイエは乳がでなくなったため近所の女性からもらい乳をして赤ん坊を育てていた。 そんな中、初五郎の元に知らせが入る。神の島で遺体が上がったらしい。
初五郎とシイエが駆け付けると、そこに変わり果てたおかやんの姿があった。黒崎から神の島までながされてきた遺体は岩に当たったためか、皮膚はズタズタに引き裂かれていた。
「おかやん…違う!おかやんじゃなかっ!だって顔がなかやかね!おかやんじゃなか!」
取り乱すシイエを初五郎が抱き締める。
「落ち着け!シイエ!しっかりせんか!」
「ちがう!ちがうけんね…おかやんじゃなか!」
シイエは初五郎の腕の中でぐにゃりと体の力が抜け、その場に崩れ落ちた。シイエはまたしても近しい人間の惨たらしい姿を目の当たりにされ、自分の運命を憎んだ。