再会 四
初五郎は一人の女を見つけた。シイエに似ているような気がして立ち止まったのだ。
初五郎はシイエを揺さぶった。シイエは初五郎の顔をぼんやり見ているだけだ。
違う…女の顔は苦痛に満ちており、ひどくやせ細り視線は定まらずにいた。常に燐とした美しさをたたえていたシイエとは別人に思えた。
また辺りを探してみるも、どうしても先ほどの女が気になりもう一度戻った。
シイエだ。シイエに間違いなかった。待ちに待った再会の時だった。シイエの髪はやけこげ、服もボロボロで何やらぽかんとして視線が定まらない。
「シイエ!シイエ!」
初五郎はシイエを揺さぶった。シイエは初五郎の顔をぼんやり見ているだけだ。
「シイエ!」
初五郎は力の限りシイエを抱き締めた。シイエは相変わらず視線が定まらずされるがままになっている。
「シイエ!おいがわかっか?やっと帰ってきたとぞ!わかっか!」
初五郎は何度もシイエを揺さぶり頬を叩いた。シイエは目をパチパチしたかと思うと、初五郎にしがみつき堰を切ったように泣き始めた。
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再会 三
周りはどこを見ても目をそむけたくなる風景ばかりだ。時折アメリカ兵がうろついているのが見える。初五郎はその度身を隠して自宅を目指した。
初五郎はあらゆる人に話を聞いた。まともに話せる相手にすらなかなか巡り合えない。ようやく人の集まる場所を見つけ話を聞く事ができた。
自宅付近に近付くにつれ足元はさらに熱くなり靴が焼けていく、初五郎はボロボロになりながらも歩を進める。
そしてついに自宅があったであろう場所へと辿り着いた。
家もなにもそこにはなく、当然ながら家族の姿はない。逆に言えば…遺体はその場所にはなかったのだ。
家もなにもそこにはなく、当然ながら家族の姿はない。逆に言えば…遺体はその場所にはなかったのだ。
焼けて熱くなった土地を掘り返してもみた。わずかばかりの家財道具の焼け残りがでてくるだけだった。
初五郎はあらゆる人に話を聞いた。まともに話せる相手にすらなかなか巡り合えない。ようやく人の集まる場所を見つけ話を聞く事ができた。
「若い女と子供が二人…赤ん坊もいるはずです!誰か見ませんでしたか!」
「多分あの人でしょう…子供の怪我が重くて、歩いて立山の病院へ向かうと言っておりましたが…」
立山…まだ歩かなければならないのか…しかし初五郎は諦めるわけにはいかなかった。
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再会 二
初五郎は長崎へと向かっていた。幸い諫早までは汽車が通っているが、諫早からは歩かなければならない。しかし…諫早までの道程も永遠かのように長く感じられた。
大怪我で苦しみ自分を待っている家族、あるいは…どこかで野晒しになっている事まで頭をよぎった。
兵役についている以上人の死ぬ姿は見慣れているつもりだったが、自分が知る空襲とは明らかに違うのだ。目玉が焼け落ちた馬が暴れあちこちにぶつかり、木々は立ち枯れたまま木炭になっている。
犬が…猫が…そして人間が、川や畑…あちらこちらで息絶えごろごろと転がっている。家もなにもなく本当に焼け野原だった。
火傷で垂れ下がった皮膚を地につけぬよう肘を曲げ幽霊のように歩く人々があちらこちらにいる。
まさにそこにあるのは地獄、初五郎はしばらく自分の目で見た現実を受け入れられずに呆然としていた。
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原爆の惨劇 五
このままここに居ても自分らもあの人のようになる。息子も死んでしまうかもしれない…
そんな思いにかられシイエは立山の病院を目指した。息子二人を抱えて歩ける政雄を励ましながら病院を目指す。
「少し川で休んでいこうか…」
土手から川を覗き込むと、川には水面が見えないくらいにおびただしい数の遺体が折り重なっていた。
「喉が渇いとるとやろね」
そうつぶやく政雄もあまりの現実に思考が麻痺しはじめていたのかもしれない。
遺体を踏み越え、目玉をぶら下げて走る馬をよけ、ひとつ山をくだりまた山を登り…
遺体を踏み越え、目玉をぶら下げて走る馬をよけ、ひとつ山をくだりまた山を登り…
4人はようやく立山の病院に辿り着いた。そこは自分らが居た壕より悲惨な状況にあった。片付かない遺体であふれ返り異臭がたちこめている。
シイエはここで盗みを働いた。ブドウ糖と書かれた点滴の瓶をひとつだけだ。息子達が砂糖水が飲みたいと言ったからだ。
このまま死ぬことがあるならせめてかなえてやりたい望みだった。
人目につかない場所で中身を竹筒に移し息子達と少しずつ飲んだ。砂糖水とはほど遠かったのかもしれないが…シイエ達には生涯忘れ得ない味となる。
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原爆の惨劇 四
やっと下まで降りてきたシイエは人影をみつけた。そこは小さい防空壕で、何人かの生き残った人達が身を寄せあっていた。
その人らもシイエ達を見るとてまねきをした。近付くと初義のために場所を開けてくれたが、あまりの悪臭にシイエ達は激しく嘔吐した。
これまでに吸い込んだ煤であろうか…家族の吐瀉物はまるで墨汁のように黒く、シイエは自分たちの体が今どうなっているのか恐怖した。
側に居た初老の紳士が口を開く。
「大丈夫、それを吐き出した者は皆具合がよくなりよりますけん」
確かに皆一様に体が軽くなるのを感じた。
シイエは義輝を産んですぐに働き出した事もあり、産後の出血も残っていた。髪はやけこげ衣服もほとんど焼け落ちている事に人前に出て初めて気がついた。
シイエは義輝を産んですぐに働き出した事もあり、産後の出血も残っていた。髪はやけこげ衣服もほとんど焼け落ちている事に人前に出て初めて気がついた。
そばにいた女性が衣服を差し出しシイエを井戸に連れていく。シイエは有り難く礼を言い体を綺麗にして子供の元へ戻った。衣服とはいえあちらこちらやけこげている。
「あの…何がどうなったとですか…」
「ようわからんとです…ただ…逃げる暇すらなかったもんですけんね、原爆ではなかろうかと…」
「原爆…広島の…広島と同じとですか!」
そこで生きている人は皆がボロボロであった。これからどうしたらいいものか…小さな防空壕の中は絶望に満ちていた。
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