戦後70年 原爆の日を前に

【田舎の花~原爆を生き抜いたシイエ】を無料でお読みいただけます。カテゴリーを下より順にご覧下さい。My father is a victim of nuclear weapons.

2014-10-01から1ヶ月間の記事一覧

見えない悪魔 一

その後シイエは24歳で初めての女の子を産み、順風満帆かと思われた。戦後の混乱から入籍をしていなかった事に気がついた二人は、シイエの両親に改めて挨拶に行こうということになる。 シイエ達は長崎で相変わらず忙しい毎日を過ごし、なかなかシイエの実家…

田舎の花 三

店に戻ると皆が集まってきた。 山蘭やスミレ…街では見れない素朴な花達、シイエの田舎がその小さな苔玉に見事に再現されていた。ずっと長崎に居た奥様には興味深い仕上がりだった。「かわいい…」 皆が口々にそう言って手に取って見とれていた。店先につり下…

田舎の花 二

シイエは一度田舎にもどることにした。「子供らを頼みます、すぐに戻りますから」 思い立ったら動かずにはいられないのがシイエである。ヨッコとおキヨさんに子供を預け、シイエは原爆以来初めて田舎の土を踏んだ。 畑にはおかやんが汗まみれで仕事中だ。「…

田舎の花 一

皆でこれからの事を真剣に話し合った。シイエは自分で花を作り売るという夢を諦めてはいないと、この時初めてヨッコに話してみた。 初五郎は源さんの仕事がますます忙しくなり、その手伝いに走り回っている。 街も少しずつ片付き、人々に花を愛でる気持ちが…

復興 六

あれほど笑いに包まれていた宴席だったが、一瞬にして沈黙に包まれた。 しばらくは誰一人言葉を発する事ができなかった。源さんが沈黙に耐えきれないように口を開いた。「番頭さん…よく生きていてくれた、これからは旦那の代わりにこの店を盛り上げて欲しい…

復興 五

そんな奥様の様子を源さんだけは見逃さなかった。すかさず視線を向けた。「ヨッコちゃん…番頭さんをお風呂にいれてあげなさい」 ヨッコはその一言ですべてを悟り、静かにうなづくと番頭を奥へ連れて行った。奥様はその場にへたりこんでしまった。「大丈夫か…

復興 四

宴席に血相を変えて帰って来たシイエを見て、その場にいた全員が凍り付いた。「ヨッコちゃ…」 言いかけたところで源さんとシゲ、それに初五郎が飛び出してしまっていた。3人とも呆れるくらいに血の気が多いのだ。 シイエがヨッコの手を取り台所に駆け付け…

復興 三

その夜は親しい者を集めて久しぶりに花幸に笑い声が響いた。源さんやシゲさんの姿もある。おかよもヨッコの祝いと聞き、嫁ぎ先から駆け付けた。 ぼっちゃまは朝から働きづめだったからか、黙々と料理を口へ運んでいる。みんな飲んで食べて…たくさん笑った。…

復興 二

奥様は本当に自分の娘の事のように喜んだ。「ここもにぎやかになるわね…私も元気を出して働かなきゃ」 二人は嫁いで行ったおかよにも子供が生まれると聞かされた。奥様は興奮気味に話を続ける。「かよにもヨッコちゃんにもシイエちゃんにもまだまだ生まれる…

復興 一

家族で花幸に身を寄せ、新たな生活が始まった。絶望の淵にいたシイエにも新たな夢ができた。 自分で育てた花を自分で売りたい…ここまで経験してきた事があまりに辛すぎて、花を見る事すら忘れてしまっていたのだ。 過ぎた事は胸にしまい、少しずつ前を見て…

悲しみの再出発 五

暗くなりかけた道シイエは急いだ。早く初五郎に話がしたかったのだ。「ただいま…」「奥様は…元気やったか?」「うん…だいぶ痩せとったばい…旦那様も番頭さんもおらんで…お店の奥の部屋が空いとるけんそこに住まんかって言われた…あんたにも源さんが仕事頼み…

悲しみの再出発 四

待ちにまった奥様との再会であったが、店もまた、大変な状況にあった。旦那様と番頭さんは原爆が落ちたあの日、花農家へと出かけ、そのまま帰ってこなかったという。 心労からか奥様はやつれ、うつむいたまま小さな声で話をするようになっている。そんな奥…

悲しみの再出発 三

道すがらシイエは源さんの話を聞かされた。「親方の指示で来たんですが、花幸の方が気になっていたもんで…急で申し訳ない、後で初五郎にも来てもらいます。」 これからは鉄骨が主流の大きな建築物が増えるだろうと見越した源さんは、初五郎の職人としての腕…

悲しみの再出発 二

ただただ漠然と先の事を考えてみるも何も浮かぶはずもない。 そんな毎日がいくらか続いたある日、シイエ達の前に一人の男が現れた。男は二人を見るなり安堵の表情を見せた。「やっとみつけました!ご無事で何よりです」「シゲさん!生きていたんですね!」 …

悲しみの再出発 一

初五郎は初義の最後を看取り、そのまま外へ出て三日間行方がわからなくなった。シイエはその事を気にもとめなかった。ただただ姿が変わってゆく初義のそばで一日一日を呆然と過ごした。 時折初義の亡骸を抱き締めては、その冷たさに恐ろしい距離を感じ打ち…

再会 六

シイエはしばらくして炊き出しの芋を少し抱えて帰ってきた。初義はあまり口を開けられない。シイエはやわらかくふかした芋を小さくちぎって初義の口元へ運んだ。「ほら!はっちゃん食べてごらん」 初義は口を少しあけ二口だけ食べた。「もうよかとね?」「…

再会 五

初五郎は初義の姿を見て胸を詰まらせた。込み上げてくる涙を痛む喉元で飲み込みシイエに小声でつぶやく。「もうだめなのか?」 シイエはだまって首を振るだけだ。「はっちゃん、おとうちゃん帰ってきたけんね!会いたかったもんね、はっちゃん…ほら!あんた…

再会 四

初五郎は一人の女を見つけた。シイエに似ているような気がして立ち止まったのだ。 違う…女の顔は苦痛に満ちており、ひどくやせ細り視線は定まらずにいた。常に燐とした美しさをたたえていたシイエとは別人に思えた。 また辺りを探してみるも、どうしても先…

再会 三

周りはどこを見ても目をそむけたくなる風景ばかりだ。時折アメリカ兵がうろついているのが見える。初五郎はその度身を隠して自宅を目指した。 自宅付近に近付くにつれ足元はさらに熱くなり靴が焼けていく、初五郎はボロボロになりながらも歩を進める。 そし…

再会 二

初五郎は長崎へと向かっていた。幸い諫早までは汽車が通っているが、諫早からは歩かなければならない。しかし…諫早までの道程も永遠かのように長く感じられた。 大怪我で苦しみ自分を待っている家族、あるいは…どこかで野晒しになっている事まで頭をよぎっ…

再会 一

初義は小さな体でがんばって生きていた。時折うわ言のようにつぶやいている。「おとうちゃん…」 シイエは絞り出すようなその声を聞く度に胸をつまらせる。「おとうちゃん会いたかねぇ」 初義に聞こえてるのかわからないまま少し大きな声で一生懸命話しかけ…

原爆の惨劇 六

何をみても平気だと、そう思う事でシイエは自分自身を支えてきたのかもしれない。しかし、時折言い知れぬ恐怖心がシイエを襲っていた。 上空で米軍機が旋回を続けている。そのときシイエには憎き敵という感覚は不思議となかったものの、ただただエンジン音…

原爆の惨劇 五

このままここに居ても自分らもあの人のようになる。息子も死んでしまうかもしれない… そんな思いにかられシイエは立山の病院を目指した。息子二人を抱えて歩ける政雄を励ましながら病院を目指す。「少し川で休んでいこうか…」 土手から川を覗き込むと、川に…

原爆の惨劇 四

やっと下まで降りてきたシイエは人影をみつけた。そこは小さい防空壕で、何人かの生き残った人達が身を寄せあっていた。 その人らもシイエ達を見るとてまねきをした。近付くと初義のために場所を開けてくれたが、あまりの悪臭にシイエ達は激しく嘔吐した。 …

原爆の惨劇 三

泣き声を頼りに義輝を探すシイエ。あの瞬間、確かにその腕に抱いていた。泣き声は床下から聞こえていた。 シイエは狂ったように瓦礫を掻き分け義輝を引っ張り出した。まだ生まれて二か月の義輝は首が座っていない。義輝の首は背中につくかというくらいに曲…

原爆の惨劇 二

その日はとても暑く、昼近くなりシイエは義輝にお乳を与えていた。政雄と初義は相変わらず木の上で勉強中だった。 シイエは遠くでサイレンの音を聞いた気がした。「空襲?いやまさか…」 警報は解除されたばかりだった。広島の記事に過敏になりすぎているの…

原爆の惨劇 一

しばらくしてシイエは仕事に復帰した。休んでいる暇などなかったのだ。 朝二人を学校へやりそれからお店へ向かい、シイエの留守中はハルが義輝の面倒をみていた。初五郎がいない中シイエは稼ぎ頭なのだ。 やがて子供らも夏休みに入り二人でハルの手伝いや勉…

夢にまで見た暮らし 三

おかやんが少し寂しげに呟いた。「おまえがお産の近うなったら行くけんな」「ありがとう、おとやんもおかやんも体に気をつけてね」 すぐに会えるのだからと、挨拶もそこそこにシイエは田舎を後にした。 長崎に戻るとハルがひとりで家を守っていた。またみん…

夢にまで見た暮らし 二

初五郎は本当に嬉しかった。しかし素直に喜べない自分もいた。「すまない…」「なぜあやまると…喜んでほしか」「嬉しか…嬉しすぎて震えとる…ただお前は初産だ…不安もあるやろう…なのに自分は」「あんたはお国から呼ばれたとやけん…大丈夫!立派に産んでみせ…

夢にまで見た暮らし 一

新しい暮らしが始まってもシイエは店の仕事は続ける事にした。 初五郎が戦場に行くことになっても、家族となったハルや政雄、初義を自分が守らねばと感じていたからだ。そのために少しでも貯えが欲しかったのだ。 二人の子供もすぐにシイエをお母さんと呼び…