奥様の顔 五
幸枝の貫禄はいつもと違う空気を作り出す。
「シゲさんも元気そうね、少し歳とった?あたしもだけど…」
「いえ…お幸さんはまだまだ若いです」
そこへ親分が口を挟む。
「お幸…久しぶりに一緒に飲まんか!今日は俺の誕生日たい」
「源さん、ごめんなさいね、今日は仕事できてますから…これで失礼いたします」
「そうか、無理は言われんな…国夫君は元気にしとるとか?よかったら帰ったらここへ来させてくれ!飲みたいのでな」
「ありがとうございます、申し伝えます…では失礼いたします」
「シゲ!送ってやれ」
「いえ…番頭さんがおりますので…シゲさんもお元気でね」
幸枝はそそくさと帰り支度を始めた。
「あとから国夫さんと一緒にいらっしゃいな」
おかっつぁまにそう言われ曖昧な返事を返して立ち去った。幸枝は気乗りがしなかったのである。
幸枝と番頭はそそくさと灯が灯り出した華街をあとにする。 薄暗い長い坂を下り店を目指す間二人は口をきかなかった。 番頭は自分だけが幸枝の別の顔を知ったのだと少しだけ嬉しく思った。今日の幸枝は自分が今まで知っている「奥様」とは別人だと感じていた。
そして…この事は誰にも言わずに自分の胸にしまっておくと心に決めた。