学校 一
帰りが遅くなった二人を旦那様が待っていた。二人の表情から何かあったなどと考えていた。夕食も終わり奥座敷へ戻った国夫は幸枝を軽く問い詰めた。
「お客は誰だったんだ…?」
「源さんよ、源さんとこの若い人がちょっと難癖つけたから久しぶりに啖呵きってやっただけ」
「源さんか…源さんはお前に何かなかったのか…なんか…その」
「なんですか!ばかばかしい…今更昔の話を持ち出さないで…あなたをよこせって言ってましたよ、行きたくないでしょう…だからだまっていました、いいじゃないですか…それよりあなた?あの子達をおかよと一緒に学校へ通わせたいんですけど…」
幸枝のこの手の頼みごとには国夫は弱い。国夫は今回もあっさりとまけてしまった。
一方でシイエ達はおキヨさんの指導のもと、仕事をひとつひとつ覚えていた。お店に出ることもあり、新しい奉公人が来ていると近所でも声をかけられる事が増えていた。
一方でシイエ達はおキヨさんの指導のもと、仕事をひとつひとつ覚えていた。お店に出ることもあり、新しい奉公人が来ていると近所でも声をかけられる事が増えていた。
おキヨさんはお姉さんのように、シイエ達の面倒をよくみてくれる。番頭さんもまるでお兄さんのように、面白い事を言ってはシイエ達を笑わせるのだ。
奥様は綺麗で…
旦那様は怖い人に見えたが、シイエ達に花の名前を丁寧に教えてくれる。旦那様のおかげで花の名前も言えるようになった。
シイエ達は恵まれた環境で一生懸命働いた。家族のために…そして、お世話になっている「花幸」のために…
そんなある日の事、奥様がシイエ達を奥座敷へ呼んだ。二人は何か失敗をしたのだと恐る恐る部屋へ入って奥様の前にちょこんと座った。「シイエちゃん、ヨッコちゃん、だいぶ仕事も覚えたわね?あなたたち学校へお行きなさいな」
奥様の言葉は二人にとって夢のような話だった…まさか学校へ行けるなんて考えたこともなく、二人とも顔を見合わせきょとんとしている。
あまりの話にうつむいた二人に奥様が聞いた。
「どうしたの?二人とも、学校へは行きたくないの」
「いいえ…学校行かれるの嬉しかです、でも私達は奉公人です、学校より田舎にお金ば送らんばけん学校行ったらお金送られんごとなるけん…やっぱり学校はよかです、すいません」
その言葉に奥様は自らの幼い頃を思い出し、胸を締め付けられる思いがした。
「心配はせんでよか、ちゃんと田舎とも話をしてます…送るお金は少なくなるけどあなたたちが学校へ行ける事を親御さんも喜んでますよ」
「田舎にお金送ってくれるんですか?」
「送りますよ、だから心配しないでうちのおかよと一緒に三人で学校へ行きなさい」
「…神父様とも一生懸命働くって約束したけんね…ヨッコちゃん」
「うん…約束やもん、学校はいかんでよかです…すんません」
「馬鹿…そんな二人が幸せになることを神父様が喜ばないわけないでしょう!二人は心配しないで私にまかせなさい!」
奥様は立上がり胸をぽんと叩いた。
うつむいていた二人の少女にようやく笑みがこぼれた 。