戦後70年 原爆の日を前に

【田舎の花~原爆を生き抜いたシイエ】を無料でお読みいただけます。カテゴリーを下より順にご覧下さい。My father is a victim of nuclear weapons.

復興 五

    そんな奥様の様子を源さんだけは見逃さなかった。すかさず視線を向けた。

「ヨッコちゃん…番頭さんをお風呂にいれてあげなさい」

    ヨッコはその一言ですべてを悟り、静かにうなづくと番頭を奥へ連れて行った。奥様はその場にへたりこんでしまった。

「大丈夫か?びっくりしたなあ…」

「大丈夫です!よかった…本当によかった」

    奥様は自分に言い聞かせるように何度も何度も繰り返していた。

    程なくして、身なりを整えた番頭がヨッコと共に皆の前に現れた。奥様の前までいくと畳に頭をこすりつけ、必死の様子で言葉を絞り出していった。

「申し訳ありません!申し訳ありません!」

「番頭さん…生きててよかった…」

「ヨッコから赤ん坊の話は聞きました…皆さんでお祝いをしてくれてたと…本当にありがとうございます」

「そうね…あなたもがんばらなきゃね」

そこまで話したところで番頭は握っていた布を奥様に差し出す

「申し訳ありません…」

「なんです?」

「あの日…あの時確かに旦那様は自分のそばにおりました…でも…自分が目を覚ました時には居なかったのです…今までずっと探しておりました…旦那様が居た場所にこれが落ちておりました…どこをどう探しても旦那様は見つからないのです」

   番頭が差し出した布きれは、出かける時に奥様が旦那様に着せた羽織りの焼け残りだった。
 
  
    奥様はだまってその布きれを抱き締めると、黙って立ち上がり、その場を離れた。

「お幸…」

    源さんは皆を気遣い声をかけたが、それ以上は何も言えなかった。

「大丈夫です、しばらく一人にしてください…お願いします」

「お母様…」

    奥様の後を追うかよの腕を掴み、おキヨさんがひきとめる。

「今は一人にしてあげましょう」

    奥様は奥座敷の襖を閉めると、無言で大粒の涙を流した。皆に聞こえないように…

    どこかで生きているかもしれないという想いがあり、逆に奥様を苦しめ続けていたのだ。様々な想いにしばらく涙は止まらなかった。

    奥様としてではなく、幸枝として…愛する国夫を思い流した涙だった。