2014-10-01から1ヶ月間の記事一覧
朝は誰よりも早く起きて朝食の支度を済ませ、昼間は学校に工場、店の仕事に稽古まである。忙しい毎日に暇をみつけてはシイエは愛しい人の家へ通い続けた。 次第に彼の妹もシイエに気をゆるし自分達の事をあれこれシイエに話して聞かせた。彼女は名前をハル…
そんな中戦火は次第に激しさを増していった。女も例外なく国のための労働に駆り出される。シイエ達も兵器工場での労働を強いられた。 シイエは人殺しの道具を作るという仕事に違和感を覚えながら、しぶしぶ工場へ向かった。 シイエが辿り着いた工場にあの男…
シイエ達は仕事を終え、お嬢様のおかよと三人で稽古にでかけるのが日課となっている。三人で出掛けるのが忙しい毎日の中楽しみのひとつであった。 その日も稽古の帰りにまたあの男性と出会う。シイエと彼は二言三言交わして別れた。「ヨッコちゃん…あの人誰…
「おキヨさん、ちょっといいかしら!」 奥の部屋から奥様のおキヨさんを呼ぶ声がする。「はい、ただいま」 しばらくして奥様は喪服で現れた。「いってらっしゃいませ…」 シイエ達もおキヨさんと共に奥様を送り出す。「おキヨさん、奥様誰かのお葬式ですか?…
ある朝シイエが朝食の手伝いをしていると、外を掃除していたヨッコが血相を変えて入ってきた。「シイエちゃん!ちょっと…」「何ね?今忙しかと」「よかけん早う来んね」 ヨッコがシイエの腕を掴み外へ連れ出す。「あの人の奥さん亡くなったげな…」「うそや…
ヨッコに自分が抱える想いを話せた事でなんとなく楽になったシイエ。その後は毎日の仕事に追われ、その事はあまり考えないようになっていた。あの男性も店の前を通らなくなっていた。 ある日ヨッコが慌ただしく店に戻りシイエに言った。「シイエちゃん、あ…
あれから何度か春が来て…また冬がきて、季節がいくつかめぐり、二人の幼かった少女は立派な女性に成長していた。 その間、花幸の奥様は、花屋に奉公する以上はこれだけはとお茶にお花…果ては日本舞踊までふたりに稽古事をさせていた。 結果…十代も後半に差…
学校へ行ける…自分が学校へいけるのだ…シイエ達は繰り返し繰り返し嬉しさを口にした。 ある日曜日、奥様は二人を連れて百貨店を訪ると、服や鞄など、学校に行くために必要な物を全て揃えてくれた。 夢のようだった。しばらく「奉公人」という立場を忘れてし…
帰りが遅くなった二人を旦那様が待っていた。二人の表情から何かあったなどと考えていた。夕食も終わり奥座敷へ戻った国夫は幸枝を軽く問い詰めた。「お客は誰だったんだ…?」「源さんよ、源さんとこの若い人がちょっと難癖つけたから久しぶりに啖呵きって…
幸枝の貫禄はいつもと違う空気を作り出す。「シゲさんも元気そうね、少し歳とった?あたしもだけど…」「いえ…お幸さんはまだまだ若いです」 そこへ親分が口を挟む。「お幸…久しぶりに一緒に飲まんか!今日は俺の誕生日たい」「源さん、ごめんなさいね、今日…
幸枝は番頭さんと二人京の間で一本一本丁寧に花を生けていく。そこへ二人の若い男がずかずか入ってきた。「なんや?こん百合は、もっとよか百合はなかったとか!花屋がこがん花ば出してよかとや!」「申し訳ありません…せめて一本一本綺麗に生けさせてもら…
いつものように上得意には国夫自らが出向く予定にしていた。「幸枝、羽織りを出してくれ」 幸枝は何やら考え込んでいる。「幸枝!羽織り」「あ…はいはい、あなた…その花私に持って行かせてくれないかしら?」「お前がか?俺はありがたいがお前がおかっつぁま…
二人で頭を悩ませていると店先から声がした。「ただいま戻りました」「番頭さん、ちょっとこっちへいいかしら」「はい、なにか?」 番頭さんはめったに奥座敷には入らないので随分手前で返事をしてしまった。「ちょっと入って」「はい失礼します」 なんだか…
奥様(幸枝)も幼い頃貧しい暮らしから家族を救うため、幼くして長崎へ出た奉公人の一人だった。 類いまれな美貌から芸者の道を歩んできた幸枝だが、旦那様(国夫)に見初められ花幸の女将になるまでの道のりの険しさは計り知れない。 幸枝はその美貌と人柄から…
三人は昼過ぎに店へ戻ると奥様とおキヨさんが忙しくしていた。「すいません遅くなりまして…すぐに仕事に戻りますから奥様は休まれてください」 番頭さんは慌ただしく前掛けを腰にしばりつけると店へ出て行った。「番頭さん、配達が一件あるからそっちをお願…
シイエはふと田舎の神父様の話を思い出す。そうだ!教会だ!教会へ行けば姉ちゃん達に会えるかもしれない… シイエは番頭さんに話を切り出した。「ね、番頭さん田舎の神父様が大浦ってとこに綺麗な教会があるって言いよったとけど…どこか知らんですか?」「…
丸山で一軒目のその料理屋には大きな庭があり、きれいに花を生けた花瓶がおかれている。見たこともない広い玄関を二人はきょろきょろしながらくぐり抜けた。「おはようさんです!おかっつぁま花幸でございます新しい奉公人のご挨拶に伺いました」「はーい」…
食事も終わりに近付き奥様が口を開いた。「食事が終わったら番頭さんと一緒にこの辺りを教えてもらいなさいね。ゆっくり回ってらっしゃい」「得意先回るとも忘るんなよ」 旦那様も番頭さんに言った。「はい…旦那様わかっております」 二人は店を出て近所の…
朝の光が二人の少女の顔を眩しく照らす。長崎での暮らしが始まったのである。「うーん…シイエちゃん起きらんばばい」「うん…わかっとるばってんさぁ…布団の気持ちよかけん起ききらんとさね」「そうさね、これから寝るとも楽しみになるばいね」 布団の中でそ…
旦那様にびくびくしながらも、シイエ達はすぐに奥様の美しさに目を奪われた。花のような美しさで気のせいか花の香りまでしているように思えてならないのだ。 奥様のわきにいる子供達はぼっちゃまとお嬢様で、お嬢様はシイエ達より少しだけ年上のようだ。ぼ…
奉公先である花屋に到着した。「花幸」 掲げられた看板にはそう書かれていた。 はじめにシイエ達を迎えたのは色とりどりの美しい花々だった。田舎ではみたことがない美しい花がたくさんの桶に入って店先に並んでいる。「うわ!綺麗か花のいっぱいあるっ何の…
シイエ達が長崎の港に着いた頃にもう日が暮れていた。 初めて見る長崎の街はキラキラと灯が灯り、十歳を過ぎたばかりの二人はあまりの美しさに興奮をおさえきれずに大騒ぎ。「うわっ綺麗かね~ヨッコちゃん!田舎で見る星のごたる」「うん星のごたる」 物静…
足どりも軽く、教会を訪れたふたり。「神父様~こんにちは!神父様~」 シイエ達が呼ぶ声に教会の奥から笑顔で神父様が現れた。神父様はまだ幼い女の子二人を前にしてうなづきながら口を開く。 「来たな…二人とも」 神父様は今日ふたりがどんな用で来たのか…
シイエは今までどんなに叱られてもやらなかった家の仕事を一生懸命にこなした。おかやんと離れたらもう手伝いたくても手伝えないのだ。 シイエは幼いながらも今できることをしておきたいと考えたのだ。畑から帰ったシィエとおとやんはこんな会話を交わした。…
シイエの目はいつもにましてきらきらとしていた。「ね、おかやん。はよう助役さんの所に言うてきてよ!」 「そげん急には行かれんとよ…色々話もせんばいかんけんね、そいになぁ…隣のヨッコちゃんも一緒にってね助役さんが二人は仲良かけんて言うてくれたごた…
いつも花を枯らしてしまうシイエ。見兼ねたおかやんがシイエを諭す。 「シィエがそげんするけんか花がかわいそうかやろ?」 「そうばってん…ここにも植えたかと…どげんしたらよかと?」 シイエはただ好きな花に囲まれて暮らしたいだけなのだと涙ながらに訴え…
春は香りから始まる。今日も潮の香りが心地よい海風となり黄色い段々畑を吹き上げてゆく。ぽかぽかと暖かくなったそんな春の日でした。 「シイエー、シイエー」 シイエを呼ぶおかやんの声が聞こえる。 「シイエー!あの子はまた仕事ほったらかしてどこ行った…
「自分の親が死ぬなど考えた事もなかった… あの日…その別れは突然に訪れるのだと思い知らされた 時の流れと共に愛しい母の記憶は ひとつ またひとつ消えて行く 自らの記憶を消さぬよう そして愛する母が生きて来た道を子供らとまたその次の世代へ残したい 幼…